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きしめんの発祥(1)

前回に続き、きしめんの歴史として取り上げられることがある書物をなぞってみたいと思います。

今回は喜多村信節「嬉遊笑覧」と、「キシメン」の言葉を追って多数の書物を調べた結果を記載します。

資料は前回のページに追記しました。

「嬉遊笑覧」

1冊目。 喜多村信節「嬉遊笑覧」を見てみます。

この書物は1830(天保1)年の出版とされており、平うどんについては「東海道 名所記」と「好色一代男」を引用し、次のような考察を記載しています。

  • ひもかわうどんと現在言うものは平うどんであることの説明、事実。
  • 「東海道 名所記」と「好色一代男」より、ひもかわは芋川だろう、とする意見。

どこかで見たような、と思いますよね。そう、前回取り上げた柳亭種彦「用捨箱」が同様でした。

そのため内容的には、前回の「用舎箱」に対する考察と同様で、事実がはっきりしない書物を参照した意見ということになります。

 

ところで、補足すると「嬉遊笑覧」の少し後の1841(天保12)年に「用捨箱」が出版されています。また「用舎箱」は原文を掲載して150年から200年ほど前の根拠である書物の参照を正確に伝え、記載に著者の姿勢の違いが見られる点が面白いと思います。

「三河志」

2冊目。渡辺政香「三河志」を見てみます。

この書物は1836(天保7)年の出版で、三河国の産物を含むさまざまを記載した地誌です。

その中の一行に、およそ次のような内容が記されています。

  • 「芋川温飩」(イモカワウントン)の用語。
  • 芋川温飩は東海道中の名物となっている事実。
  • 名物として、道中および「繁花の地」含めても一番であるほどだという意見。 

芋川饂飩が名物になっていることをようやく確認できました。

 

これによって、「東海道 名所記」や「好色一代男」が江戸時代の初期に出版された後、江戸時代の末期には実際に芋川温飩が東海道の名物になっていた、と言えることがわかりましたどうやら江戸時代の末期より以前に、そのようなことが書かれた引用元の書物があったようです。(2017.10.25訂正)

 

また並行して「ひもかわ」または「ひもかわ温飩」といった用語の認識が江戸の時代の末期にはあったことを「嬉遊笑覧」と「用舎箱」から確認できるわけですが、その「ひもかわ」も、「芋川温飩」の名称と同様に江戸の末期まで認識がなかったのかというと、そう、「用舎箱」が江戸の前期から中期にあたる延宝7年の「富士石」には歌になっていたと記しています。

どうやら、江戸の前期には芋川で平うどんが評判だとされて、それを芋川のうどんといったり、ひもかわといったりしていたようだ、といった認識で間違いはなさそうです。

また、「富士石」の原文記載は確認しておくのが良さそうです。

 

ところで、「三河志」にあるように芋川温飩は西三河「三河国」の名産であることが確認されました。

現在、きしめんといえば名古屋グルメのような印象をもちますが、名古屋は隣国「尾張国」です。

なんと国が違うんですねぇ。

ではきしめんが名古屋で発祥したのはいつなのか。ここがまた興味深い点になってきますね。

往来物

はい、なかなか繋がってこない「きしめん」をさらに追ってみましょう。

次は「きしめん」という用語に注目し、記載があると言われている書物と共に、いくつか私自身がピックアップした書物を加え、駆け足で記載をたどってみます。

  • 1364-1367(貞治3-6)年ごろ「新札往来」に「基子麺」とあり。
  • 1402-1481(応永9-文明13)年ごろ「尺素往来」に「碁子麺」とあり。
  • 1444(文安1)年「下学集」に「基子麺」とあり。
  • 1597(慶長2年「易林本 節用集」に「棊子麺」とあり。
  • 1649(慶安2)年「庭訓往来」に「碁子麺」とあり。
  • 室町末期-江戸初期「庭訓往来妙」に「碁子麺」とあり。
  • 室町後期「新撰類聚往来」に「基子麺」とあり。
  • 1815(文化12)年「庭訓往来大貫道」に「碁子麺」とあり。
  • 1827(文政10)年「庭訓往来 諸妙大成扶翼」に「棊子麺」とあり。

温飩が伝来したばかりと思われる鎌倉時代から、室町時代、そして江戸時代まで「基」「碁」「棊」と表記が揺れつつ「キシメン」と発音する食べ物が認識されています。しかし、上記の書物は用語集であったり、書簡の形をとった文章の教科書として扱われたようで、言葉がただ列挙されてはいるものの、実在した物の様子や作り方や食べ方といったきしめんについての当時の事実を確認できない史料であることがわかりました。

  

そこで今一度、きしめんについて事実が記載されていると認められる基準を次のように整理してみました。

  • 平打ちのうどんを明示している。
  • 尾張かその近隣を明示している。
  • それをきしめんと呼んでいる。

はい、以上、空振りの連続記録となりましたが、今週はここまでです。

引き続き、上記の基準と共に史料を追ってみたいと思います。


編集履歴

  • 「新撰類聚往来」「庭訓往来 諸妙大成扶翼」を「きしめん」の語を含む確認結果に追加。